インクルーシブ教育とは、障害の有無に関わらず、全てのこどもを包含する教育のことです。現在、日本の教育では、誰もが排除や分離されることなく、必要な支援を受けながら通常の学級で過ごすことを目指しています。昨今、日常生活や学びに援助が必要な発達障害や、いわゆるグレーゾーンと診断されるこどもは少なくありません。障害のあるこどもや課題があるこども達を含め、全てのこどもが共に教育を受けられるようにと推進されている取り組みがインクルーシブ教育です。
障害のあるこどもに対する教育は、時代とともに発展してきました。年代によって「関わることがなかった」「一緒にクラスで授業を受けていた」など、学習環境はさまざまです。そこでここからは、障害があるこどもの教育の発展について解説します。
江戸時代、障害のあるこどもを「恥」として捉える風潮が少なからずありました。捨て子として扱われることもあり、教育の機会を十分に与えられていませんでした。
明治時代になれば、目が見えない、耳が聞こえないなど、障害があるこどものための学校が設立されるようになりました。それでも教育を受けられるのは一部のこどもだけで、障害があるこどもの教育環境が整っているとは言い難いものでした。
昭和時代になれば、養護学校義務制実施の声が大きくなり、全てのこどもが就学できるよう養護学校の整備が進められました。養護学校の普及により、どのような障害を持っていても、平等に教育を受ける機会が設けられました。しかし、健常児は一般的な学校へ、障害のあるこどもは養護学校へと、こどもが隔離されている状態であることは否めませんでした。ノーマライゼーションが提唱されるようになると、日本でも養護学校での特殊教育は、「障害児を排除している」「分離教育ではないのか」といった考え方が広がるようになりました。
分離教育への反省から統合教育が推進されたのは、昭和から平成の時代にかけてのことでした。「全てのこどもが通常学級で学ぶ」ことを目標に、分け隔てなく教育を受けるためのサポート「インテグレーション教育」が始まりました。しかし、同じ教室で学び始めたものの、一人ひとりの特性に合った教育を提供できないなど、その体制は不十分としかいえませんでした。その結果、障害児が授業についていけない、クラスメイトから中傷を受けるなど、問題が浮き彫りとなりました。
障害のあるこどもの教育は、さらに移り変わり「多様性を尊重する共生社会」の実現のため、インクルーシブ教育が進められるようになりました。障害の有無にかかわらず、平等に教育の権利が与えられるだけでなく、誰もが必要なときに適切な配慮を受けられるよう、共に学ぶためのシステム構築が始まったのです。
特別支援教育とは、障害のあるこどもの自立や社会参加を支援するための教育です。障害のあるこどもが、その可能性を最大限に伸ばして自立に近付けるよう、教育の充実を図っています。インクルーシブ教育と特別支援教育が持つ意味合いは異なるものの、どちらも共生社会の実現に向けて欠かせない教育です。
お互いに尊重し合える共生社会を実現するためのインクルーシブ教育。そして、そのシステムを構築するために欠かせないのが、障害のあるこどもが積極的に社会へ参加するための特別支援教育なのです。
障害のあるこどもが同じ場所で教育を受けるだけの統合教育への反省をふまえて、インクルーシブ教育では基礎的な環境整備を重視しています。ここからは、インクルーシブ教育のシステムを構築するため、文部科学省の取組みについて解説します。
障害のあるこどもが共に教育を受けるためには、ニーズに合わせた支援が必要不可欠です。乳幼児期から相談や支援が受けられる環境を構築することで、こどもと関わる全ての大人で共通理解が深められます。就学前からの適切な支援や記録は、就学後の円滑な対応に役立ちます。
障害のあるこどもは「原則特別支援学校に就学する」といった仕組みに捉われることがないよう、就学先決定の仕組み作りにも力を入れています。障害や発達の程度によって、学びの場を選べることも重要です。本人や保護者の意見、専門家の意見、学校・地域の状況を踏まえて総合的に判断ができ、また、就学後の柔軟な転学ができるよう体制の整備がおこなわれています。
障害のあるこどもが、就学する前から成人するまで一貫した支援ができるよう、各機関が連携できるような仕組み作りもおこなっています。就学前、小学校就学後、小学校卒業後に支援が途切れてしまっては、対象児童の可能性を最大限に引き出せません。必要に応じて、成長過程や指導内容などを共有できれば、一貫した支援につながります。
障害のあるこどもが、ほかのこどもと教育を受ける権利を守るため、必要な変更・調整などをおこなう「合理的配慮」が求められます。一人ひとりの障害の状態やニーズに応じて配慮する内容を決定して、その内容を柔軟に見直すことも大切です。
合理的配慮を充実させるためには、基礎的な環境整備も欠かせません。安全に移動するためのスロープや点字ブロックなど、必要な財源はもちろん支援員の確保も求められます。
これまで、障害のあるこどもを取り巻く学習環境や、インクルーシブ教育の概要について解説しました。そのシステムをなんとなく理解できても「実際に学校ではどのような配慮がされているのか?」と、疑問に思っている方も多いはずです。実践例には、以下のようなものがあります。
- チーム・ティーチングを基本としてクラスに複数の職員を配置する
- 誰もが達成できるようクラスの目標を複数掲げる
- タブレットやスクリーンを活用して個別の学びを支援する
- 口頭での説明だけでなく文字や絵で理解を促す
- 課題に多様性を持たせて無理のない学習環境を整える
- 個別対応が必要になったときの連携体制を確保しておく
そのほか、車いすでも教室に入れるような環境整備や、席順の検討も合理的配慮のひとつといえます。こどもが必要とする配慮は個人で異なるため、試行錯誤を繰り返しながら環境を整備します。
インクルーシブ教育システム確立のため、基礎的環境整備や教職員の専門性向上が進められています。しかし、その対策はまだまだ十分とはいえません。ここでは、障害のあるこども、周囲のこどもが抱える課題について説明します。
地域や学校によって、物理的に合理的配慮が困難なケースも珍しくありません。財源の問題や施設の老朽化などにより、バリアフリーに対応できないとなると、障害の程度によっては入学を断念することも出てきます。また、教職員のクラス運営がうまくいっていなければ、適切な指導を受けられないということも考えられます。
障害のあるこどもが、通常学級で一緒に学ぶことにより「勉強が遅れて迷惑」と考える人がいるかもしれません。もちろん、合理的配慮により可能な範囲での配慮が求められますが、授業が間に合わないなどの過度な不利益はあってはならないことです。それぞれの違いを認め合えるまで、時間がかかるのも問題のひとつといえるでしょう。
インクルーシブ教育とは、障害の有無にかかわらず、全てのこどもが一緒に学べる仕組みのことです。ただ一緒の教室で学ぶだけでなく、基礎的環境整備や合理的配慮にて、無理のない学習環境の確立を目指しています。教育者は、研修により専門的な知識・技能の向上が求められます。教え方の問題も含め、こども達がお互いの良さを認め合い、共生できる社会のためにさまざまな工夫を取り入れています。