厚生労働省患者調査によると、経済不況や高齢化、情報化・社会構造の複雑化など様々なストレスの増加等を背景としてこころの病気に悩む人は年々増加しています。また、自死の9割以上が何らかの精神疾患にかかっていると推定され、とくに中高年の自死では「うつ病」が背景に存在していることが多いと言われています。こうしたことから、現代社会においては「うつ病」が大きな健康問題の1つとなっています。
では、うつ病とはどのような病気なのでしょうか。簡単に言うと、ストレスや過労などが引き金になり、生きるエネルギーが枯れてしまった状態です。「怠け」や「疲れ」と違うのは、土日に休んだだけでは改善されず、仕事や学業に何らかの支障をきたしてしまいます。具体的には、気分の落ち込み、楽しめなくなる、気力がなくなる、睡眠や食欲の異常、といったものが代表的な症状です。ところが、うつ病ほど多彩な症状がある病気はありません。なぜなら、うつ病は脳の機能が低下する病気であるため、自律神経でつながった全身に様々な症状が出てしまうのです。
以下では、うつ病ではないか疑われる16の症状を紹介し、うつに対する対応の注意点を挙げておきます。
うつ病による体の痛みは大変多くみられます。例えば、慢性の腰痛で整形外科を受診しても原因が分からず、痛み止めも効きません。ところが、精神科でうつ病と診断され、うつ病が良くなるとともに痛みが消えていくことがあります。うつ病の痛みは、頭、顔、首、肩、背中、手足、陰部など、全身に見られます。レントゲンや血液検査では異常が見つかりません。そのために医師から気のせいだと言われることがあります。
体の痛みは脳の扁桃体という部分で感じ取りますが、うつ病ではこの扁桃体が過敏になっています。そのために、本来感じる痛みの10倍、100倍の強さを感じてしまうのです。痛みの場所では大きな異常が見つからないのですが、痛みを感じる脳が過剰に反応してしまいます。
疲れやすく、体が重く、何事も面倒になります。よく聞くのが、お風呂に入らなくなることです。髪を洗って乾かすのを面倒に感じ、それなら「入らなくていいや」となってしまうのです。気が付くと、「今週は風呂に1回しか入らなかった」ということもあります。
掃除をする気力が出ません。「明日やればいいや」と先延ばしにして、気づいたら部屋がゴミの山になっています。どこから手を付けたら良いのか分からなくなり、よけいに片づけられません。「怠けているのかな」と思いますが、いつまでたっても行動に移せません。
人が近くにいても距離を感じ、さみしさを感じます。みんなが楽しんでいると、自分だけのけ者のように感じます。何を言われても人と心が通じないのです。こんなに孤独でこれから生きられるのだろうかと思い絶望にも陥ります。
孤独感に似ていますが、自分と世の中に隔たりを感じます。外の世界と自分の心が直接つながらず、モニター越で周りを見ているような感覚です。人によっては「見えない膜に包まれているようだ」とか、「水の中に入っているようだ」と感じることがあるようです。
矛盾しているように見えますが、孤独で辛いにも関わらず、人を避けてしまいます。人に気を遣う力がないので、人と会うことが苦痛になるのです。虫歯があっても歯医者に行けない、髪が伸びても美容院に行けない、ということもあります。電話やインターフォンに出られないことがあります。
脳の機能が低下するために、物忘れが多くなります。人の名前が出て来なかったり、乗り物に大切なものを忘れたりしてしまうことがあります。認知症と勘違いし、あわてて物忘れ外来を受診しますが、そこでうつ病を診断されることがあります。
うつ病の物忘れは、忘れたことを後から思い出すことができ、忘れっぽいことを深刻に悩んでしまいます。認知症の物忘れは、忘れていることも忘れてしまい、人に指摘されても思い出せません。また、忘れること自体をそれほど気にしないという特徴もあります。
うつ病というと落ち込んでいるイメージがありますが、イライラして怒りっぽくなることもあります。情緒が不安定になり、感情のコントロールができなくなるためです。以前は大人しかった人が、些細なことでもカーっと起こるようになると、うつ病の疑いがあります。
うつ病に不安の症状がありますが、それが高じると焦燥感という焦りの症状になります。さらに自分の評価を低く感じることも加わり、「このままではいけない」と焦り、資格を取ることや転職を考えるようになります。また、うつ病と診断され、休養しているにも関わらず、空回りして勉強をしたり、資格を取ろうとすることもあります。たいていの場合、集中力が続くかないために失敗して、よけい自分を責める結果になります。
今まで当たり前に聴いていた音楽が聴けなくなります。集中力が落ちるため、音にまとまりを感じることができず、雑音にしか聞こえないのです。好きな曲ですら、鬱陶しく感じるようになります。通勤時に音楽を聴いていたのに、最近聴かなくなったという人は要注意です。
バラエティや短時間の動画は、それほど集中力が必要ないために辛うじて見ることができますが、映画やドラマは続けて見られません。集中力が落ちているため、ストーリーを追うことに疲れてしまうのです。また、以前ほど物事に興味を持てなくなっていることも原因です。
テレビは集中して見られないのですが、一人でいると不安や孤独を感じてしまうため、常にテレビをつけています。目や耳から入ってくる刺激で、不安や孤独から意識をそらそうとするためです。
翌朝を迎えるのが不安です。眠ったら明日になってしまうと思うと、眠りにつきたくない、眠るのが怖いということが起こります。深夜いつまでも動画を見たり、ゲームをしたり、なかなか寝床に入ることができません。睡眠時間が短いために朝が辛くなり、今日こそは早く床につこうと思いますが、夜になるとやはり眠りたくありません。
お酒には一時的に気分を上げる効果があり、辛い気持ちを和らげるためにお酒の量が増えてしまいます。眠れないので、睡眠薬代わりに飲む人もいます。どんどん量が増えて行く時は要注意です。最悪の場合、アルコール依存症になってしまうこともあります。また、多量の飲酒はうつ病を悪くさせる作用があるので、辛い気持ちをお酒で誤魔化しているとよけいに状態は悪くなります。
うつ病の人は気候の変化に敏感です。また雨の日はよけいに気分が落ち込み、外に一歩も出られないということもあります。自分の行動が天気に左右されるため、以前は気にしなかった天気予報を毎日チェックするようになります。
不安による自律神経症状からのどの渇きがあります。水を飲むことが安定作用になるので、つねに水を飲んでいます。不安がつよすぎて、水をいくら飲んでも渇きがとれない、という場合もあります。外出先、寝る時など、いつも手元に飲み水がないと心配になります。
うつ病は気の持ち方の問題ではありません。ストレスから脳の働きに異常が出る病気です。脳の機能が全般に低下するために、症状は日常生活のあらゆる場面に現れます。その内容は多彩で、今回紹介した以外にもたくさんあります。 癌には、「早期発見、早期治療」という言葉がありますが、うつ病も同じです。早めに病気の存在に気づいて、治療や休養をとることで回復しやすくなります。逆に、放置していると重症化、慢性化することもあるので要注意です。気になる症状がありましたら、早めに精神科を受診することをお勧めします。
うつ病は、単なる気分の落ち込みとは違って、本人の努力だけではどうにもならない病気です。心身ともに十分に休養し、本来の機能を取り戻すことが大切です。まずは、本人も家族も、周りの人も、うつ病についてよく知り、正しい知識を持ちましょう。本人の気力だけでは治らないことを理解し、治療を勧めることが必要です。
うつ病の人に対して、「気の持ちよう」とか、「根性が足りない」という接し方をする人が多く見受けられます。
しかし、気力や周囲の励ましでは、うつ病は治りません。本人が「できない」、「もうダメだ」と悲観的になって自分を責めたり、「早くどうにかしなければ」と焦り、かえって病状が悪化してしまいます。「がんばりたくてもがんばれない」というのがうつ病になった人の苦しみです。そのため、「がんばって」という励ましの言葉は、余計に本人を追いつめます。本人のつらさや焦りなどを理解しながら、あたたかく見守ることが大切です。
うつ病にかかると冷静な判断能力が極端に低下します。たとえば「仕事を辞めようか」、「離婚しようか」というような大きな決断を、うつ病の症状である悲観的な考えのままでしてしまうことがあります。また、周りから決断を迫ることも、本人を追い込むことになります。重要な決定は、先送りにすることも時には必要です。
うつ病は「こころの風邪」という表現で広まり、身近な軽い病気のイメージが定着してきていますが、けっしてそういった軽い病気ではありません。誰もがかかりうる病気という点では風邪と同じですが、うつ病は風邪のように短期間で治る病気ではなく、適切で積極的な治療が必要な病気であります。
「死にたい」という言葉が出たら、冗談のように言ったことでも、笑顔で言ったことでも、決して軽く考えずに受診・相談を勧めてください。
- 絶対自死をしない約束を本人と交わすことも、自死の大きな歯止めとなります。
- 回復してくると、本人も周囲も安心しがちですが、油断は禁物です。
- 自死は、何もやる気が起こらない症状の時期に比べ、少し行動的になる回復期に多くみられます。
- 早く元に戻ろうと焦ったり、つい無理をしてしまう結果、症状が悪化したり、自死を引き起こしたりします。
- あくまでも、じっくり、ゆっくり療養することを心がけましょう。
また、周囲も主治医と連絡を取り合って、本人を注意深く見守ることが必要です。時には、入院して治療をした方が安全な場合もあります。
うつ病は一進一退を繰り返して回復していきます。回復してくると、自己判断で薬の服用をやめてしまうことがあります。これは、病気が治るのを遅らせてしまうことになりかねません。また、回復後も、再発予防のために、一定期間は薬を飲み続ける必要があります。薬の服用を続けるようなサポートが必要ですので、医師とよく相談することをお勧めいたします。
不眠や苦悩をまぎらわすためにお酒を飲むのは、うつ状態を悪化させたり、薬との相互作用から予期せぬ副作用が出たり、アルコール依存症になりやすくなるので禁物です。知らず知らずのうちに、酒量が増えている場合、断酒するだけでうつ状態が快方に向かうこともあります。
主治医とよく相談し、無理のない範囲で、活動の時間や、仕事の量・質を少しずつもとに戻していきます。この間にも病状の波があるので、本人、家族、職場も十分な配慮が必要です。
職場では、産業医や、職場内のサポートを活用することも一つの方法ですが、多くの職場では、そのような体制が確立されていないのが現状です。ただ、そのような場合でも、精神科デイケアや就労移行支援事業所で行われているリワークプログラムが利用可能です。また、公的な機関としては、労災病院の勤労者向けメンタルヘルスサービス窓口や、各都道府県にある産業保健総合支援センターなどがあります。悩み事やこころの病気は、上司などに直接話しにくいと思う人も多いので、職場でも気軽に相談できる第三者の相談窓口を用意することが必要です。